命ぞ宝
パレスチナに心を寄せる東葛市民の声、その声は「命ぞ宝」と聞こえます。
皆さんは4月28日が何の日か覚えていますか。1952年4月28日に日米安保条約により沖縄は日本から切り離されました。
皆さんは3月10日が何の日か覚えていますか。あの東京大空襲の日です。
沖縄戦では多くの子供や女達が死んでゆきました。実に県民の四人に一人が命を落としました。そのご褒美に日本政府が与えてくれたのは安保条約に基づく外国支配でした。
東京大空襲でも多くの子供や女達が死んでゆきました。死んでいったのは私達と同じ一般庶民でした。先の敗戦で私達が学んだものがあるとすれば、「命ぞ宝」ではなかったでしょうか。
一般庶民の命こそ宝です。
このことを膚感覚として受け継いでゆくことこそがすべての始まりです。
命ぞ宝は日本の一般庶民に限ったことではありません。ガザの一般庶民も同じことです。これより他にガザの人々に心を寄せることはできません。人道主義により、又はイスラエルの国際法違反を論うこと等々により、ガザの人々の惨状に心を寄せることができるかもしれません。
しかし、それらは「然り、然り、否、否」です。イスラエルがガザで行っている虐殺を人権無視、国際法違反と糾弾しても彼らは意に介さないでしょう。トランプもまったく同じです。
私達にできること、それは「命ぞ宝」と訴え続けること、そして言葉だけでなくイスラエルに
物や金で支援している米企業、イスラエルから武器購入を実施している日本企業の製品をボイ
コットすることが必須です。私達の言葉に物理的力を与えるのは一人一人がボイコットをする
ことだけだと思います。
K. Sakata